「胃炎・潰瘍・胃がん」と「ピロリ菌」

最近、テレビなどで良く放送されている医学情報に、ピロリ菌の話があります。
胃の中の「酸性」度はものすごく強くて、ほとんどの菌は住めないと思われていました。
胃の中でも死なない菌に、「抗酸菌」という名前までついているほどです。
抗酸菌の中でも最もポピュラーな菌が、結核菌です。

以前は、結核の診断のために胃液検査(胃液のなかに結核菌がいるか?)をしていました。
これは、肺に住んでいる結核菌を飲み込んで、胃の中に入っても、
そのまま生きて続けることを利用して、検査をしているわけです。

さて、ピロリ菌。 以前から当然胃の中に居たのですが、発見されたのは意外と最近で、
1982年、慢性胃炎の胃から、結核菌以外の菌が、新たに発見されたのが始まりです。
ピロリ菌は、尿素を分解したアンモニアで「アルカリ性」のバリアーを作り、
自らの住む環境を「中性」に保って、胃の中に住み着いているのです。

ピロリ菌は、幼少期に口から感染することで、慢性的に住み着き(慢性胃炎)ます。
胃・十二指腸潰瘍の原因の殆どが、ピロリ菌によることも判りました。
胃がんとピロリ菌も、密接に関係していると言われており、1994年にWHO(世界保健機構)は、
「確実な発がん因子」と認定しました。
これは、タバコやアスベストが肺がんに及ぼす関係と同じ分類に入ります。

ピロリ菌は細菌ですから、それを駆除する(除菌する)ためには、抗生物質が必要です。
現在では、さまざまな治療方法が検討されており(抗生剤+抗潰瘍剤を1週間内服)、胃・十二指腸潰瘍の根治、さらに胃がんの予防にも有効だとわかってきました。

除菌治療前に、ピロリ菌
1) 内視鏡検査(胃カメラ)を受け、
2) かつ、ピロリ菌の存在が確かめられれば、
治療や検査方法も確立されており、
一般の診療所でも、「保険を使って」除菌治療を行うことができます。

また、胃がんの早期予防の観点から、若い人をターゲットにして、一般の検診・検査のみで、ピロリ菌の除菌ができるよう、検討されています。
(現在のところ、ピロリ菌の除菌には、胃内視鏡検査は必須の検査になっています)

ピロリ菌は必ず除菌しないといけないものなのでしょうか?

潰瘍を繰り返す方などで除菌を完遂させた方がよい場合は確かにありますが、除菌治療で副作用を起こされた場合や繰り返しても除菌に成功しない場合などでは、それ以上除菌治療を繰り返さずに、胃酸分泌抑制剤を継続するような場合もあります。
ピロリ菌の感染が続く方では、胃がんを含める胃の病気のリスクがより高いと思われるため、主治医のアドバイスに従いながら定期的な胃の検査を行なうことが勧められます。


『ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎』と診断するのに、感染診断と内視鏡検査の順番は決まっていますか?

内視鏡検査が先と決められています。感染診断および除菌治療の対象は『内視鏡検査によって胃炎の確定診断がなされた患者』となっているので、感染診断を先に行うことはできません。


ピロリ菌の除菌前に、内視鏡検査が必須である理由を教えてください。

ピロリ菌に感染している場合には、必ず慢性活動性胃炎を起こしており、胃癌をはじめとするピロリ関連疾患が併存している可能性があります。
日本ではとくに胃癌が多いので、胃癌のチェックをしたのちに除菌治療を行うべきであるとの意見から、内視鏡検査が必須となりました。


内視鏡検査を行い、ピロリ菌感染の検査を行えば全て除菌治療が可能ですか?

はい、可能です。
除菌治療を開始する前には上部消化管内視鏡検査を行うことが必須となっています。
まずは内視鏡検査による胃炎の診断(内視鏡所見)と、胃癌の除外が必要です。
その後、ピロリ菌感染の検査を行い、陽性であれば除菌治療を行うことが可能です。


ヘリコバクター感染胃炎の感染診断法には、迅速ウレアーゼ試験、 鏡検法、培養法、抗体測定、 尿素呼気試験、便中抗原測定があるが、学会として推奨している検査法を教えて欲しい。

ピロリ菌感染診断法には6つの方法が保険適用となっていますが、総合的に尿素呼気試験が最も信頼度が高いといわれています。 また、便中抗原測定もこれと同等の信頼性の高い検査法です。
これらは、面の診断法で、除菌判定にも有用です。 面の診断法である抗体測定には、日本人の菌株から作られたキットが使用されるようになり、感度,特異度も高くなっています。 ただし、小児や感染直後には陽性化しないことがあり、除菌成功後もすぐには陰性化せず陽性状態が長期間続きます。
一方、内視鏡検査のときに同時に行える迅速ウレアーゼ試験、鏡検法、培養法は点の診断法といわれており、ピロリ菌が胃粘膜に一様に生息している訳ではないので、ピロリ菌陽性者でも、菌のいない部分から組織を採取すると偽陰性となることがあるので注意が必要です。
以上のような長所、短所を理解した上で感染診断を行うことになりますが、とにかく、ピロリ菌陽性・陰性を示す特徴的な内視鏡所見を十分に理解しておくことが何よりも重要です。


他の施設において内視鏡(検診・健診を含めて)で胃炎と診断された患者さんに対して、感染検査や除菌治療ができるのですか?

他施設で、6か月以内に通常診療および健康診断として内視鏡検査が行われ、胃炎と確定診断がなされていた場合には、内視鏡検査を省略して感染検査を行うことができます。
その際には、診療録および診療報酬明細書の摘要欄に内視鏡の施行日および胃炎所見を記載しておくべきです。(注意: 6か月以内という期間は学会の見解であります)
これらの証拠が不明確の場合には、再度の内視鏡検査が必要です。


ピロリ菌の除菌治療は具体的にはどのように行うのでしょうか?

ピロリ菌の除菌治療は3種の薬を1週間内服するだけなので、実施は比較的容易です。
問題となる副作用は下痢、腹部不快、口内苦味などの軽度のものが20~30%の方に認められます。
まれに皮疹や肝障害などもありますが、重篤なものは稀です。
なお、3種類の薬のうちの1つはペニシリン系抗生剤のため、ペニシリンアレルギーがある方は、治療に際し、医師とよく御相談下さい。
副作用が問題になったときは、内服を中止することで回復することがほとんどです。
もともと短期間の治療であるため、除菌を成功させるには、続けて内服することが重要となります。
副作用により内服を中止すべきかどうか迷うようなことがありましたら、医師にご相談ください。


ピロリ菌の除菌が成功したかどうかはどのように確認しますか?

ピロリ菌の除菌治療終了時から1か月程度間隔をあけて、「尿素呼気試験」を受けていただき、除菌の正否を確認するのが一般的です。
尿素呼気試験は試験薬を内服し、その前後で息(呼気)を集めて調べる方法で、比較的簡便で正確です。
一方、血液や尿の抗体ではピロリ菌の除菌が成功しても数ヶ月程度残っているため、判断しにくいことがあります。
また、胃の内視鏡検査を行い、胃の組織を採取して調べることでも判断できますが、採取する数が少ないと誤ることがあります。


Q&A_title

1次除菌、2次除菌の順番は変更できるのでしょうか? また、クラリスロマイシン耐性菌であることが判明している場合にはどうするのでしょうか?

保険診療では、1次除菌と2次除菌の順番の変更はできません。
ただし、クラリスロマイシン耐性菌であることが判明している場合は、医療費削減の面からも診療録および診療報酬明細書の摘要欄にクラリスロマイシン耐性である証拠(感受性検査の実施施設および施行日と結果)を記載して2次除菌を使用すべきです。


ピロリ菌の除菌治療が成功すれば、もう心配ないのでしょうか?

潰瘍の再発は確実に少なくなりますし、胃がんの発生も少なくなることが十分期待されますが、0になるわけではありません。
胃についての検診は、引き続き継続することが勧められています。


除菌治療終了後、再感染に気をつけるために、観察期間は何年ほどとった方がよいのでしょうか?

本邦の成人においては、除菌治療成功後の再感染率は年間1%未満と報告されています。
除菌成功後の再感染は極めて稀で、再感染が起こる場合でも除菌後1年以上経過したからです。
除菌成功が正しく診断できれば、特別な除菌判定のための観察期間の設定は不要です。
なお、胃癌の早期発見のためには除菌成功1年後の内視鏡検査が推奨されています。


ピロリ感染胃炎の除菌成功後に、注意しなければならないことを教えてください。

除菌成功後にも胃癌が発見されることがあるので、除菌に成功した後も定期的な胃癌のスクリーニング検査は必要となります。
また、萎縮の強い症例や食道裂孔ヘルニアを合併している症例では、除菌後に胃食道逆流症(GERD)が出現することがあります。


除菌治療の適応年齢について、高齢者(たとえば80歳代)は除菌治療を行なう必要性があるのですか?

年齢のみで適応の有無を判断することはできません。
MALTリンパ腫であれば年齢に関わらず感染者は除菌治療するべきです。
胃癌予防の観点からであれば、80歳以上で腸上皮化生も伴う高度な胃粘膜萎縮がある場合は予防効果が少なく、さらに腎機能が悪い場合などは積極的に除菌を行う必要はないでしょう。
基礎疾患がなく、本人の希望がある場合には高齢であっても除菌治療を行ってよいでしょう。
また、お孫さんなどと接することが多い高齢者では感染源となりうるので、除菌治療を考慮した方がよいでしょう。


除菌成功患者が安易に胃癌にならないと思い込み、健診受診の件数が減る可能性もある。 学会として何かしらの啓蒙は考えているのですか?

除菌成功後にも定期的な内視鏡検査や胃がん検診を継続して実施することは極めて重要です。 このことは、除菌施行医が必ず患者に説明すべき事項です。
学会でも、消化器内科専門医のみならず、除菌治療を行う一般内科医に正しい知識を啓蒙するよう活動をしています。
また一般市民にも、新聞報道や市民公開講座を通じて、正しい知識の普及に努めています。


胃癌撲滅が目的であるならば、内視鏡検査を必須とせず、もっと手軽に若年者でも除菌できるようにすべきではないですか?

はい、その通りです。
現在、除菌治療を開始する前には上部消化管内視鏡検査を行い、ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の診断と、胃癌の除外が必要となっています。
若年者では胃癌の発生頻度は低いため、今後は「test&treat」、すなわち保険診療でまずピロリ菌感染の検査をして、その後除菌治療を行うのが理想です。
現在、公費を使用したこのような試みが市町村レベルで行われつつあります。


※ 日本消化器病学会「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎」に対する除菌治療に関するQ&A一覧 より抜粋・改編

※ 私は、ピロリ菌があったからと言って「やみくもに」除菌治療するのではなく、特に高齢者においては、そのメリット・デメリットを勘案した上で、治療の適応を慎重に判断すべきだと思っています。